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自己紹介

自己紹介と言うか自己分析と言うか、、、普段そんな事考えもしないので思いつきで書いてみます。

出身地

長野県。周囲に山がないと落ち着かない症候群。

あらすじ

一番古い記憶は5歳ぐらいの頃。なぜか家出を決意し身の回りのもの全てをビニール袋に詰め階段裏に隠しておいたところ母親に見つかりあえなく挫折。この後放浪者としての資質と実力を着々と高めてゆくことになる。

よくある家庭の事情により、山間部の小さな村に引越し。友人も生活環境も完全リセットされたこの出来事は、当時の自分にとって相当大きかったようで、これ以前の記憶をほとんど思い出せなかったりする。野山を探検したり基地を作ったりするのが大好きで、タケフミ・タカハラ・あんちゃんを巻き込み「ガキだけキャンプ」を開催するも毎回どしゃぶりの大雨→全員風邪という強制コンボ連発。4人集まると発動することから「中条雨乞い軍団」が自然形成された。

高校受験勉強に辟易したのと、そもそもモノづくりが大好きだったのが根拠となり長野工業高等専門学校に入学。フロ・便所・エロ本全て共同という素敵な男子寮「雄風寮」に5年間生息し、タテ・ヨコの枠を超えた素晴らしい人々との生活の中、どろんぱ氏を始めとする数々の悪友らに出会う(雄風寮冷飯異臭風呂共同チーム発足)。ちなみに作者が年上の人に対して必ず敬語調になってしまうのはこの寮生活で叩き込まれた副産物というか後遺症。

暗記がダメだったので英語の成績は最低だったが、「英語が喋れれば世界各地を旅できる」という根拠の無い目標実現に向け、21歳で渡米。インディアナ州の片田舎にある英語学校で10ヶ月ほど学び、アイオワ州の片田舎にあるコミュニティ・スクール(短大)に入学。大学内の本屋でアルバイトして生活費を稼ぎつつ、のんびりとした時間の流れにばっちり溶け込んでゆく。

米国での就職を希望するも「就労ビザを申請するには最低でも学士が必要」という厳しい事実に卒業半年前に気づき、慌ててミネソタ州の片田舎にある4年制大学に転入。予定外の学生生活延長により資金繰りが悪化し、キャンプ場で寝泊りしながら大学に通ったり毎日マカロニだけ食べて生活したりと、リアル貧乏な学生日々を送る。およそ7年間に渡る米国生活を通し、合計3つの州を渡り歩き、様々な場所で様々な個性を持つ人々に巡りあうことができた。(「米国で出会ってしまった人達」参照)

日本でコンサルタント職という、自分に一番似合わない面白そうな仕事見つかってしまい、色々悩んだ挙句結局帰国。千葉の家賃3万5千円の安アパートから満員電車に揺られ東京まで通う生活を約3年間続けたものの、その先に見えてきた生活に何だかもやもやしたものを感じ、退社。

退職2週間後に突発的に結婚式を挙げる。結婚式は2週間で準備できることを自ら実証。

2008年春米国にて就職(予定)

現在に至る。

・・・

後半は殆ど現在進行形ですが、こんな感じの30代無職です。わーい。

趣味

カヌー。巧くないけど胸を張って答えられる唯一の趣味。

小学生の時、野田知佑さんの「日本の川を旅する」を読んで以来、カヌーで日本の川を下りながら旅することが悲願でした。初カヌーは1999年、その憧れの野田さんにカナダに誘われた(!)ことで運命的に実現。その後遅咲きの新社会人としてようやく自由になるお金を得ることが出来た2005年の冬、ようやく自艇を所有することが出来ました。そのときの喜びようはもう勝手に想像しちゃってください。

ちなみに愛すべき自艇はフジタカヌー研究所の「PE-400EX (400スペリオ)」直進性と回転性のバランスに優れるというカタログ表記どおりの頼れるやつです。

怖いもの

ウォシュレットとかコンタクトレンズとか、普段そっとしておいて欲しい部分に物理的接触を試みる攻撃は苦手。苦手というか無理。多分泥酔とかしてないと実行はまず不可能と思われる。

 

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